ひろしまの英学

郷土の英学の歴史を調べる中で、私の地元にゆかりの方々の温かさに触れ、涙が出るほど嬉しくなることがある。
研究の途中段階をネットに掲載すれば、これまでお会いしたことのない方々からお手紙やメールが届き、貴重な情報を提供して頂くことも数多い。皆様から支えられて研究を続けられることを喜び、モティベーションは高まる一方だ。
こうした発信を可能にしてくれたインターネットの存在の有り難さを再認識するとともに、私の拙い発信に反応してくださる方々に、この場を借りて、心からお礼を申し上げたい。
ほんとうにありがとうございます。
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週末は、明治期の広島の様子を探るべく、市立図書館で古地図を眺め、明治期の新聞を繰った。
明治27年日清戦争の年。大本営の置かれた広島城下では、東京以外では例のない臨時帝国議会が開かれ、宇品港からの出兵が続いた。軍都広島の様子は、ひろしま英学の背景を知る上で重要な位置を占める。
今は残っていない平田屋町、横町、猿楽町など、古地図上で城の南側に位置する地名の数々。このあたりは明治期の街の賑わいの拠点だったようだ。
明治27年が広島にとって非常に大きな意味を持つことは、当時の中国新聞や芸備日日新聞からも強く感じる。興味深いのは、当時の学校の「生徒募集広告」。いずれまとめたいと思うが、この時代の学校制度や、新設校の様子を知る資料として、新聞の広告欄は貴重だと思う。
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広島市立中央図書館は、中学生の頃から親しんでいる場所だが、ここの蔵書の数々は、私の研究に欠かせないものになりつつある。浅野文庫って、すごいよ。そして何より、職員の皆さんの対応が嬉しい。有難うございます。
そんな地元への熱い思いを込めて、今回ブログのメンテナンスに合わせてタイトルを変更しました。(これまでの記事はそのままです。)
気分一新、引き続きよろしくお願いします。