「取りに来る」オンライン授業

オンライン授業が始まった。各地の大学で一気に始まった感のあるこの形態,私はこれまで細々と積み重ねた Moodle と,ウェブサイトの組み合わせでなんとかスタートを切った。この方面に関心を持ち続けたのは正解だったかも知れない。

日本英語教育史学会が毎月のように「月報」を発行していた頃,その編集部として末尾のコラム「Editor's Box」を担当した。月報231号(2009年6月)に Moodle について記したのを懐かしく読み返した。以下,その号のコラムを再掲する。

「取りに来る」というのは,オンデマンド形式を表す。あれから11年。

 EDITOR’S BOX 現在発行されている古書目録は、どのくらいあるのだろうか。目録はその店のテーマに沿ったデータベースであり、私たちに未見の書の書誌情報を与えてくれる。あらかじめ用意したキーワードによるネット検索では辿り着けない本の情報が目に飛び込んで来ることもある。だからどんなにインターネットが好きな私でも、紙版の目録には目を通す。これは電子辞書と紙の辞書を併用することに似ているかもしれない。▼定期的に送ってくださる書店の目録を眺めると、そこには垂涎の書が並んでいる。しかしそのほとんどの所有者になれない私は、せめて目録名とウェブサイトのURL を「英語教育史フォルダ」にメモし、ときどき眺めることにする。▼私は授業でも「フォルダ」を多用する。学内のネットワーク上に学生と共有できるフォルダがあり、そこに教材ファイルを保存する。CALL 教室での授業中は、そのファイルにアクセスして活動を行なう。最近は、短時間の音声ファイルをディクテーション用に使うことが多い。▼このフォルダ一つで、授業が大きく変わってきた。教師が一斉に与えるのではなく、学習者自身が必要なファイルを「取りに来る」ことが中心になりつつある。この考え方の延長線上にe-learning は存在するのだと思う。▼教材ファイル(いわゆるコンテンツ)を効果的に引き出せるようにし、また、個々の学習記録やフィードバックを可能にするため、e-learning の仕組み作りにも挑戦する。昨年来、Moodle を使った試行錯誤を繰り返している。Moodle は「学習管理システム」と呼ばれるソフトウェアの一つであり、これによる学習サイトが多くの大学で構築されている。私も最近ようやくその使い方の初歩が理解できるようになり、今は教材の試作に多くの時間を費やしている。小テストを自動採点してくれる仕組みは学生にも好評だ。楽しみながら復習し、英文を定着させる道具としての可能性を感じさせる。▼こうした授業用サイトの準備過程で、いつも多くのウェブサイトを行き来する。そこに飛び込んできた先週の Michael Jackson  氏の訃報。彼をめぐる報道を見聞きしながら、マイケルが遺した歌は日本の英語教育界にも貢献しているな、と思った。▼かつて “We Are the World” のDVD を手にしたとき、「この歌を英語のまま味わえることだけでも、英語を学んだ価値があるのでは」というようなことをメモに記した。学生時代に友人宅で初めて聴いたときは、大きなサイズのシングルレコードだったが、数年前にDVD を求め、何度も視聴した。この歌の中心にはMichael Jackson がいる。これまで、どれだけの英語教科書がこの歌詞を掲載しただろうか。中学や高校の英語の授業で出会ったという大学生も数多い。▼メディアはマイケルの「光と影」を伝える。アップテンポのメロディ、派手なパフォーマンス、そしてスキャンダル。それらが多くの人々の関心を呼んだのはその通りだろう。だが私は、彼が世に問うた作品だけでいい。それも、賑やかなものではなく、ゆっくりと訴えかける曲がいい。▼授業で洋楽を紹介することも多いが、取り上げたことのあるマイケルの曲は3つ。先の “We Are the World” と、“Heal the World”、そして “You Are Not Alone”。▼今週の授業で久し振りに紹介しようと思い立ち、CD や DVD を引っ張り出してみた。自分の世界に引き込んで歌詞の解釈を試みながら、繰り返し聴く。自分ではない誰かの支えになろうとする歌の言葉は、心に響くが、ときに重い。ただ、その歌詞と向き合うとき、英語の学習を超えた何かを掴むことができるように思う。▼2009 年の折り返し点を迎えた。夏はすぐそこまで来ている。蒸し暑い時期、皆様どうかご自愛のほど。(HB)© 日本英語教育史学会月報編集部(県立広島大学馬本研究室geppo@hiset.jp)