英教史:第219回例会(広島例会)

日曜日は日本英語教育史学会第219回研究例会。参加者21名。2本の研究発表と活発な議論が展開された。
最初の発表は、教え子の回想集をもとに一英語教師の実践をまとめたもの。戦前の沖縄で用いられた教材、例えば『岩波英和辞典』や『ニューネイションリーダー』などを仲田精利がどのように用い教えたか、その授業を思い浮かべながら聞いた。また回想者たちの恩師の魅力は何であったかを考えさせてくれる発表であった。
二番目は明治31年の「第五地方部高等学校及び尋常中学校協議会」の記録から、当時の旧制中学校における英語教育実践の様子を浮き彫りにし、文部法令との関係について考察を加えたもの。英語の「分科」のうち、主に訳解、発音綴字、会話がどのように教えられていたのか、資料に語らせるスタイルの発表であった。
明治30年代以降、英語教授法が確立していく過程で「分科から総合へ」という議論があった(そのことを私は、ICTを活用した指導法について最近書いた論文の中で少し触れた)。当時の分科(発音・綴字・読方・訳解・習字・書取・会話・作文・文法など)が、文部法令でうたわれた授業時数の中で、どのように重み付けられていたのか関心があったが、今回発表者による資料の中に、各学校が「教授細目」によって時数を示していたことを知り、一つの疑問が解消した。ある中学校では5年間の課程を通じ、授業時数の半数以上は「講読」に当てられている。残りの時間は、導入時は「綴字」、後に「会話」、上級学年では「文法」に重点を置いた振り分けとなっており、大変興味深い。
両発表の質疑応答で交わされた議論を聞きながら、歴史研究における一次資料のことや、それを分析しまとめる研究方法について考えることができ、今回の広島例会も、私にとって実り多いものとなった。
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例会前後に、年度変わりから5月の全国大会にかけての事務上の諸問題について、これまで以上に十分な議論を重ねる時間を持つことができた。遠路はるばる私の研究室に足を運んでくれた事務局長に感謝。