君に面白がることがあるなら

前期の授業は少々スランプ気味だったので、後期を前に再点検中です。

「先生業はうまくいってますか」
「最近、自信をなくしてます。自分は教師に向いていないんじゃないかと」
「どうして」
「自分が面白がっていることを生徒に押しつけているだけなんじゃないかと」
「いいじゃないか、君に面白がることがあるなら。悲しいのはそれがなくなった時さ。君が面白がってさえいれば何人かは受け取ってくれるさ」
沢木耕太郎 1991『彼らの流儀』朝日新聞社 p.166)


英語の授業のことについて、若林先生は、
「個人的体験に基づいて言えば、教師自身が感動しない、おもしろがらないかぎり、生徒は感動もしてくれないし、おもしろがってもくれない。」(若林俊輔 1983『これからの英語教師』p.134)
と書いていらっしゃいますね。
歴史の学会の飲み会でちょっとこんな話を口にすると、すぐに反応が返ってきます。「若林先生が書いてらした、詩の授業のエピソードのことね」って。
それも楽しみの一つです。